(承前)
8.最2小判H15.7.18と最3小判R4.4.19
ところで、今回のタワマン節税に関する相続税判例(最3小判R4.4.19)では、評価通達=固定資産税評価額=固定資産評価基準による算定結果を採用せず、不動産鑑定士による鑑定結果を採用しました。これにより、最高裁は、納税者に対する高額の課税を是認しました。
これに対して、前記のとおり、固定資産税に関する最2小判H15.7.18では、固定資産評価基準による算定結果を採用し、不動産鑑定士による鑑定結果を排斥しました。これにより、固定資産税評価額が高すぎるという納税者の主張を排斥しました。
これらを対照すると、
税金を多くしたい課税庁からの請求の場合には不動産鑑定士による鑑定結果を採用し、
税金を減らしたい納税者からの請求の場合には、不動産鑑定士による鑑定結果は採用されない、
というように見えます。
最3小判R4.4.19の事案において、課税庁は、なぜ、固定資産税評価額に対する時価推認を破るために必要となるはずの、最2小判H15.7.18における「特別の事情」の立証をしないでよいのでしょうか。なぜ、納税者だけが「特別の事情」の立証を求められなければならないのか。
最高裁(最3小判R4.4.19)は、なぜ、時価認定のために必要となるはずの「特別の事情」(最2小判H15.7.18)の存否について審理を尽くすために必要であるとして、高等裁判所に審理を差し戻さないのか。公平ではありません。
特に、「特別の事情」の立証に関しては、単に不動産鑑定士による鑑定結果を持ち出すだけでは足りないというのが最高裁の立場と推察され(最2小判H25.7.12)、不動産鑑定士による鑑定結果だけに基づいてこれが「特別の事情」だということ(鑑定による直接の立証)だけでは足りず、最高裁(最2小判H25.7.12)は、固定資産評価基準のどこがいけないか、という主張を具体的にせよ、と言わんばかりの態度です。
これに対して、課税庁が課税をしようとするときは、裁判所(原々審:東京地判R1.8.27)は、
「不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づき算定する不動産の正常価格は,基本的に,当該不動産の客観的な交換価値(相続税法22条に規定する時価)を示すものと考えられること(地価公示法2条参照)」
「本件各鑑定評価額は、いずれも、原価法による積算価格を参考にとどめ、収益還元法による収益価格を標準に鑑定評価額を求めたものである」
「本件全証拠によっても本件各鑑定評価の適正さに疑いを差し挟む点が特段見当たらないこと(前記ア(イ)参照)に照らせば、本件各不動産の相続税法22条に規定する時価は、本件各鑑定評価額であると認められる。」
と判示し、驚くべきことに収益価格を軸に据え、積算価格を参考にとどめた鑑定評価額を、時価認定しています。
原審(東京高判R2.6.24)も、不動産鑑定士による鑑定を「他の合理的な方法」に含まれることを前提とし、最判(最3小判R4.4.19)もこれに何も言及しないまま無批判に「時価」として受け入れています。
このように、裁判所は、不動産鑑定士による鑑定結果に基づく課税を許しておきながら、反面、納税者が不動産鑑定士の鑑定を利用しようとする場合には、
「登録価格が算出価格を上回ることにより,登録価格が上記の客観的な交換価値を上回る場合というのは,評価基準の定める評価方法によることが適当でないような特別の事情がある場合に限られる。このような特別の事情(又はその評価方法自体の一般的な合理性の欠如)についての主張立証をしないまま独自の鑑定意見書等を提出したところで,その意見書の内容自体は是認できるものであったとしても,それだけでは当該登録価格が適正な時価であることの推認を覆すことにはならないのであって,登録価格の決定を違法とすることにはならない。」
などとして(最2小判H25.7.12裁判官千葉勝美の補足意見)、容易には不動産鑑定士の鑑定結果を容認しようとしない態度を示しています。
上記の引用部分に「独自の鑑定意見書等」とありますが、「独自の」という用語には、裁判所的用語としては「独りよがりな」とか「自分勝手な」というニュアンスを含んでいます。
このように、不動産鑑定士による鑑定結果に対して、課税庁が課税をしようとするときの裁判所の態度と、納税者が課税負担を軽減しようとするときの裁判所の態度は、到底フェアには見えません。別のルールを採用している。
9.家屋の固定資産税評価額の算定について
固定資産評価基準による家屋の査定手法はどうなっているのか、そんなによくできているのか、という点も確認しておきます。計算式は次のとおりです。
評価額 = 評点数 × 評点1点当たりの価額
評点数 = 再建築費評点数 × 損耗の状況による減点補正率 × 需給事情による減点補正率
評点1点当たりの価額 = 1円 × 物価水準による補正率 × 設計管理費等による補正率
「最建築費評点数」は、再調達原価に対応するものです。
「損耗の状況による減点補正率」では、原則として「経過年数に応ずる減点補正率」というものが使われます。これが、残存耐用年数に対応するものです。これは、あらかじめ決められています。
「需給事情による減点補正率」は、基本的に採用されません。スルーです。
「物価水準による補正率」は、あらかじめ決められています。
「設計管理費等による補正率は」、設計監理費に対応するものです(不動産鑑定評価基準的には、付帯費用として再調達原価に入れるでしょうか。)。
これで終わりです。ということで、固定資産評価基準による家屋の査定手法は、原価法です。固定資産評価基準では、査定のたびごとに、いちいち建物を個別に検証するわけではありませんので、観察減価はありません。「経過年数に応ずる減点補正率」は建物の個性によらず構造・種類別に用意された補正率を一律に適用します。補正の程度は比例的(定率法ではない)で、残価率は20%です。それ以上は下がりません。
このため、固定資産評価基準によって得られる家屋の価額は、雑な積算価格です。「雑な」というのが言い過ぎであるなら、積算価格の概算です。
不動産鑑定ですと、原価法と取引事例比較法(と収益還元法)があって、当然のこととして不動産鑑定士が評価対象建物を調査して試算価格を求めて、資産価格の軽重を評価して正常価格を査定するということになるわけですが、これとの対照において、固定資産評価基準によって得られる家屋の価額は、適正な時価との推認を働かせてもよいほど精度が高いものでは決してありません。
不動産鑑定評価基準からみれば、家屋の固定資産税評価額は、積算価格の概算ですね(鑑定の途中で、精度も低い。)ということになります。このようなものに、「適正な時価であるとの推認」が働く理由は本来ありません。
というわけで、固定資産評価基準によって得られた価額を、特別の事情がない限り適正な時価であると推認する、という最高裁(最2小判H15.7.18)の認識は、間違っています。家屋に関する固定資産評価基準は、そのように優れたものではありません。最も本質的な問題としては、納税者は、ここを切り崩さないといけません。
(続く)