1.宅建業法36条
宅建業法(以下「法」といいます。)36条は次のように定められています。
(契約締結等の時期の制限)
第三十六条 宅地建物取引業者は、宅地の造成又は建物の建築に関する工事の完了前においては、当該工事に関し必要とされる都市計画法第二十九条第一項又は第二項の許可、建築基準法第六条第一項の確認その他法令に基づく許可等の処分で政令で定めるものがあつた後でなければ、当該工事に係る宅地又は建物につき、自ら当事者として、若しくは当事者を代理してその売買若しくは交換の契約を締結し、又はその売買若しくは交換の媒介をしてはならない。
宅地造成や建物を建築して引き渡す内容の売買契約を締結するには、開発許可や建築確認を取得した後でなければならない、ということです。
言い方を変えると、開発許可や建築確認がない段階で、宅地造成や建物を建築して引き渡す内容の売買契約を締結してはいけない、ということです。
これは、昭和46年の法改正で新設されたものです。時代背景的には、千里ニュータウンとか、多摩ニュータウンとか、郊外の宅地造成などの開発がぐんぐん進んでいた時代で、程度の悪い業者もいたのでしょう。
2.法36条の改正経過
法36条の改正経過について、昭和46年4月28日衆議院建設委員会議事録第13号において言及があります。内容は直接引用先でご確認ください。
クリティカルな問題としては、業者が買主から前金(手付金)の支払いを受けてこれを造成工事等の費用に充当し、その後、開発許可が得られないとか、売買契約時に想定していた建築物が建てられない(変更が生じる)などの場合にトラブルになったり、その結果売買契約を解消する場合に手付金が遅滞なく返還されなかったり、極端な場合としては業者が倒産して手付金が回収不能になるというようなことでは買主の利益を損なうので、このようなことを防止したい、ということになるでしょうか。「一般消費者に非常に迷惑及び損害をかけることが問題」という言い方がされています。
他方で、早く契約できることには、買主の側からは、権利を確保できるとか、売買契約をした後に特約で注文などができるというメリット(規制すると損なわれる利益)があることにも言及があります。
3.文献
法36条に関しては、文献は少ないのですが、例えば、『指導監督から見た宅地建物取引業法』(著:岡本正治、宇仁美咲、編:(一財)不動産適正取引推進機構(実務叢書 わかりやすい不動産の適正取引シリーズ、大成出版社、2022))では、次の記述があります。
「許可等を受けていない未完成物件の売買契約締結によって買主等に損害を与える可能性が強くなる」(p.274)
「売買契約には予約も含まれる」(p.275)
「販売物件が開発許可申請中とか建築確認申請中であることを広告表示しても販売活動が法36条の規定に違反することに変わりない。買主に許可・確認を受けていない旨告知して売買契約を締結したり、開発許可・建築確認を受けることを停止条件とする売買契約のように、たとえ当事者が了承・合意したとしても法36条の規定に違反する。」(p.277)
4.評価
許可等を受けていない未完成物件の売買契約によって買主等に損害を与える可能性が強くなることが規制の趣旨であるとするなら、契約当事者が了承・合意していれば法36条の規制の趣旨はあたらないか、少なくとも大幅に希釈されますので、これを規制する理由はありません。
不動産の開発だと、土地が取り纏められて、関与する事業者の(分譲・賃貸)条件が整い、開発許可(その手前の法32条なり事前協議)について相当の見通しが立ったころ(少なくとも開発に関しクリティカルな課題はクリアされてくる段階)になると、地権者(取り纏め)サイドでも、デベロッパーサイドでも、開発許可の前に売買契約を締結できるのが望ましいと考える場合があります。
開業までの期間を短縮するために可能な範囲で先行工事を行いたいが売買契約がない状態では先行工事を実施しにくいとか、早く売買契約を締結して他の事業者に取られないようにしたいとか、もとの地権者が早い決済を希望しているとか、銀行融資のためのエビデンスとして売買契約が必要とか、事業予定者が離脱してしまうのを防ぐとか、ですね。
開発のプロセスは法的には事業者間のリスク分担ですから、必要に応じ契約による拘束をしておかなければ、相互に無条件で離脱されるリスクを抱えたまま事業を進めなくならなくなったり、誰か一人のリスクが大きくなったりします。リスクはゼロにはならないにしても、適切な契約をすることによって、リスクを合理的な(受忍可能な)レベルに落とすことができます。
このような観点からすると、開発参加者にとって、都市計画法29条の許可が下りる時点まで売買契約を締結できない(予約契約も無理)というのは、売買契約を締結する時点としては遅すぎる場合があります。同法32条の管理者の同意申請時点でも遅いかもしれません。事前審査が熟するころには、売買契約を締結したい/してもよい感じになる場合もあるのではないでしょうか。
法36条は、こういったプロ同士の取引をも規制する効果がある意味において過剰な規制であり有害です。引用している文献では「たとえ当事者が了承・合意したとしても法36条の規定に違反する。」という断定的な書きぶりありますが、このような書きぶりは、権威主義的というか牽強付会というか、居丈高な物言いだなという印象を受けます。
法36条は、買主が消費者である場合にのみ適用すればそれでよいのではないでしょうか。改正経過でも「一般消費者」の迷惑や損害にしか言及されていませんしね。少なくとも、買主が宅建業者であるとき(もっと絞れというなら宅建業者間の取引)にも適用するのは、過剰な規制だと感じます。ご承知のとおり、宅建業法の規定でも、宅建業者間の取引には適用されない条項が既にあることはご承知のとおりです(法78条)。
買主の主な損害が手付金の返還債務の不履行であるとするなら、手付金等について保全措置が図られているときは(法41条)、いっそう規制の合理性はありません。
大げさにいうなら、こういう規制が、自由な契約社会の発達を阻害していると感じます。しかも、立法過程では、早く契約できる買主側のメリットや制度趣旨が消費者保護にあるとの点に言及もあるのに、解説書では「ダメなものはダメ」みたいな書き方しかされていないところに法文化(というのでしょうか?)の貧困を感じます。現在では、法36条が新設された昭和46年とは異なり、盛んに宅地造成がされる時代でもありません。いつも議論があって欲しい。
5.その他の文献
その他の参考文献として、次のものが見当たりますが、いずれも規制目線の文献で、前記文献と同様、実質的な価値判断に言及するものや、規制を批判的に検討しようとするものは見当たりません。
『[三訂版]逐条解説 宅地建物取引業法』(著:岡本正治、宇仁美咲、編:(一財)不動産適正取引推進機構(大成出版社、2020))
『宅地建物取引業法の解説《5訂版》』(編著:宅地建物取引業法令研究会(住宅新報社、2010))
6.宅建業法36条に関する問題意識
以上のような問題意識には、ネット上でも散見されます。
例えば、こちらのページでは、「36条の条文の文理上は、ハッキリ書いていないが、売買であれば宅建業者が売主になるケースを当然の前提としている。」として法36条を制限的に解釈しようとしています。
また、こちらのページ(PDF)では、素地売買に解除条件が付されているものについて、当局はNGと言っているけれども、弁護士は素地売買なのだからOKと言っている、として両論併記みたいな記載ぶりになっています(11頁)。
このように、法36条は、誰も困らないのに開発の妨げになる局面がしばしばあって、苦慮させられる場合があります。