1 ジョブ型
メンバーシップ型とかジョブ型とか語られることがあって、意味がよく分からないなと思いながらネットの情報を見たり本を読んだりしていましたが、いまのところ、当否は別として要するに次のような感じに整理されているのでしょうか。
メンバーシップ型
長期雇用、年功賃金、企業別組合という特徴を捉え、実態としては雇用契約の締結だけでは具体的な職務が特定されない本質を備える雇用契約の態様(日本型雇用システム)。
ジョブ型
従事する職務が契約締結時に具体的に決まっている雇用契約の態様。
(濱口桂一郎「新しい労働社会-雇用システムの再構築へ」(岩波新書、2009)あたりがジョブ型という用語の元ネタのようです。同じ濱口桂一郎さんが「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」(岩波新書、2021)のはしがきで、ジョブ型雇用という言葉を作ったのは私自身ですと書いておられます。)
2 教室事例
教室事例的に、例えば、プラモデルの組み立てとジグソーパズルの組み立てを業とする会社があるとします。入社時に、プラモの組み立て(プラモ職)に配属されるかパズルの組み立て(パズル職)に配属されるかが決まっておらず、入社後に異動する場合もあるのがメンバーシップ型、入社時にプラモの組み立てに配属されること(それ以外には配属されないこと)が決まっているのがジョブ型という理解でよいのでしょうか。
そうだとすると、ジョブ型というのは、要するに職種限定合意ということになりそうですがそれで合っているのでしょうか。
あるいは、プラモ職と言ったって、今月はガンプラを組み立てるとして、来月はF1マシンを組み立てているかもしれないし、半年後は戦艦を組み立てているかもしれない、という意味では、プラモ職(職務記述書:プラモデルの組み立て。歩留まり95%以上。)といったところで、何もかも決まっているわけではありません。そうすると、メンバーシップ型とジョブ型とでは、入社時にどこまで担当職務が記述(限定)されているかという程度の違いということになるでしょうか。
3 ジョブの廃止
ジョブ型の解雇については、たとえばそのジョブが廃止されれば解雇になる、ということになるでしょうか。先の例ではプラモ職を廃止する、というケースです。現在の法律実務ですと、ジョブ型のプラモ職の廃止でも、おそらく整理解雇の要件(整理解雇法理。東京高判S54.10.29など。)を満たすことを求められることになると思われます。ジョブ型であることが解雇回避努力義務の程度や被解雇者選定の妥当性の判断に緩和的な影響を与える可能性はあり得ますが、少なくとも、ジョブ型だからという理由で整理解雇の要件をまるごと免れることはできないと思います。たぶん、パズル職での受け入れ可能性とか、裁判所は関心を示すのではないかと思います。
もちろん、人員削減の必要性も問われると思います。プラモ職が大赤字で、維持するのがいかにも無理で回復の見込みもなければ、人員削減の必要性は認められるかもしれませんが、プラモ職よりパズル職のほうが儲かるから経営資源をパズル職に全振りしよう、ということぐらいでは、そもそも人員削減の必要性が認められない可能性も否定できないと思います。
4 ジョブの人員削減
では次に、プラモ職を10人から7人に削減したいという場合はどうでしょうか。ジョブ型の発想だと「ジョブの一部廃止」という整理で、3人を解雇してよいことになるのでしょうか。ですがこの場合でも、整理解雇法理から逃がしてもらえることはないのではないかと思います。ジョブ型だと、解雇する際の人選はどうするのですか、会社の任意ですか。
5 ジョブの若返り
では、プラモ職が10人いるけど、3人は60歳を超えていて高齢化しているから、年長者から3人を解雇して、若い人3人を新たに雇い入れたい、というのはどうでしょうか。ジョブ型でも、普通解雇だと、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当でなければ解雇権の濫用となりますから(労働契約法16条。解雇権濫用法理。)、ただ単に若返りを図りたいから、という理由では解雇権の濫用になる可能性があります。
また、年を取ってきて手元の精度が落ちてきて、歩留まりが95%を下回るから職務記述書に記載された職務を履行できないので解雇、ということであれば、単なる年齢基準より筋はよいですが、それでも、多少のことであれば客観的合理的理由がないと言われる可能性が否定できませんし、社会通念上の相当性もすんなり認めてもらえるとも限りません。現実には、歩留まりで成果を簡単に評価できる仕事のほうが少ないでしょうしね。
6 ジョブの異動
プラモ職からパズル職への異動については、ジョブ型では、そもそも入社時に職務が特定されているので、労働者の同意がない限り、会社の人事権の行使として裁量により異動させることはできません。パズル職のほうが業績がよいので、プラモ職からパズル職に3人異動させる、というのは、プラモ職の労働者の同意がなければできません。拒絶されたら、新たにパズル職を3人雇い入れるしかありません。プラモ職とパズル職を合計20人で稼働していたのに、23人を雇用しなければなりません。そこまでの予算はないよ、というとき困ります。メンバーシップ型のほうが人事の柔軟性はありそうです。
7 プラモ製造部長
では、ジョブ型のプラモ製造部長を、もっと有能そうな人が現れたので交代させたいという場合はどうでしょうか。ジョブ型では、職務記述書に記載された働きができないときは解雇になるということかもしれませんが(それ自体解雇権濫用法理により制限される可能性があります。)、もっと有能そうな人が現れたので解雇というのは、解雇権濫用法理を持ち出すまでもなくジョブ型でも無理ということになるでしょうか。それは困りますね。だとすると、管理職とかマネージャークラスの求人は、任期を定めることになるでしょうか(有期雇用)。
おそらく、世上、行われている中途採用管理職の求人(ハイクラス求人みたいなやつ)では、多くの場合無期雇用(期間の定めがない)前提になっていて、求人としては、ある特定の職務(営業部長など)が記載されていても、実際に締結される雇用契約は、職務に限定のない、あるいは少なくとも一定の幅をもった、あるいは将来における異動可能性を留保した体裁で締結されているのではないかと思います(実際のところ「将来異動の可能性があります。」と添え書きされている求人を見かけます。)。なので、労働法の規制(解雇権濫用法理)は、こういったケースでも、ジョブ型雇用の普及にとって妨げになりそうです。
(管理職クラスの求人が有期雇用で回っていくなら、ジョブ型が機能する余地があるかもしれません。有期雇用の場合には、雇止め法理、無期転換権の問題があります。)
8 要するに
要するに、ジョブ型の場合、労働者の同意がない限り異動はさせられない上に、解雇となると現実には(いくらか緩和的になる可能性はありますが)メンバーシップ型と変わらない整理解雇法理や解雇権濫用法理の適用を受けますので、会社にとってメリットが出にくい可能性があります。少なくとも、争われた場合の応訴負担は変わらない。
もしメリットを見出すとすると、もしかすると「プラモだけを作っていたい」「パズルだけを作っていたい」という、こだわりが強い有能な人材を発掘できる可能性があるかもしれません。でもそういう人材なら、整理解雇法理や解雇権濫用法理をふまえれば、有期雇用で雇う方が会社にとってはメリットが出るかもしれません。
また、メンバーシップ型の労働者を総合職と呼ぶとするなら、プラモ職、パズル職より、総合職の方が、会社による労働者の支配の程度が強いので -言い方を変えると総合職は「どの仕事に従事するかの自由」をプラモ職・パズル職よりもたくさん会社に売っているので-定性的には プラモ職・パズル職より総合職の方が賃金が高いはずです。このためここ(賃金の安さ)にジョブ型を導入するメリットを見出す余地があるかもしれません。ただこの点については、理屈の問題ではなく現実の問題として、総合職と、プラモ職・パズル職との間で、会社にとってメリットと感じることができるほど賃金に有意な差を付けられるのか(求人がどう反応するか。)、という課題があると思います。
9 そしてジョブ型
メンバーシップ型、ジョブ型というのは、考え方として参考になります。以上に書いてきたように、どうなったらどうなるか考えていると、現実に人事制度を考える上で役に立つことがあると思います。しかしながら、裁判例を含めた現在の労働法の状況からすると、ジョブ型雇用を、その本来の定義のまま導入するのはおそらく不可能です。ジョブ型を本来の定義のまま導入しようとするなら、解雇権濫用法理や整理解雇法理を含む労働法の規制について、これを変更する立法論が必要です。これらの判例法理は、社会をメンバーシップ型から逸脱させない方向に機能しています。
そもそも、ジョブ型雇用の終了について、(ジョブがなくなったら終わり、というようなふわっとした説明ではなくて)いっそう立ち入った具体的な提案も必要だと思います。この点は、ジョブ型を提唱している人たちに頑張ってもらいたいです、というかそこ(立法論)までセットで提案して頂かないと、途中の議論という感じがします(労働組合の再構成は解決策にならないと思います。)。
10 実務では
実務では、いくらジョブ型といったところで、労働法の規制があるので、メンバーシップ型に引きずられます。労働法の規制が緩やかであれば、ジョブ型雇用に一気に又は次第に変更することも可能な場合もあるかもしれませんが、現実はそうではありません。
このため、メンバーシップ型、ジョブ型という用語を強いて使うなら、実務は、メンバーシップ型的な雇用の中に、ジョブ型的な価値を取り入れるという動きになっていると感じます。課題は、成長しない社会では単純な年功序列賃金は多くの場合立ち行かない、というところにありますから、判例法を含めた労働法にメンバーシップ型への引き込み機能がある中で、能力に見合った賃金をどのように実現するか、という文脈で考えることになります。そうすると、例えば、キャリアの前半(あるいは会社組織の下のほう)は年齢その他の職能によって賃金を決し、キャリアの後半(会社組織の上のほう)は職務なり職位に賃金を紐づけて考えるようなやり方が一つの出口になる可能性があると思います。実際にそうなっていると感じることがあります。このへんは別に議論があります(メンバーシップ型かジョブ型かという二項対立の議論は分かりやすいですが、分かりやすいだけに精度が十分ではない印象を持ちます。実務的には人事制度の研究のほうが重要です。)。
11 無理やりまとめ
・解雇規制があるので、この点(解雇規制のあり方)に関する立法論にも言及がなければ、立法論抜きでジョブ型といわれても難しい。
・解雇規制があるので、実務上変形されたジョブ型を「それはジョブ型じゃないよ。」といわれても困る。みんな工夫しながら頑張ってるので。
要するに、立法論としてであれ、現場向けの提案としてであれ、現在の規制と関連付けて立論しないと、ジョブ型といわれても空中戦で、地上戦の前線で戦っている人には届かないように思います。