1 実務指針
公益社団法人日本鑑定士協会連合会の鑑定評価基準委員会が出している不動産鑑定評価基準に関する実務指針-平成26年不動産鑑定評価基準改正部分について-(リンクはPDFです。以下「指針」といいます。)には、次の記載があります(235頁)。
「必要諸経費等のうち維持管理費は、物的管理費(ビルメンテナンス:BM)とプロパティマネジメント(PM)に係る費用に区分される。このうち、物的管理費は通常共益費によって賃借人が負担することが通常であり、プロパティマネジメントに係る費用は、賃貸人が負担することから必要諸経費に計上することが妥当である。」
まずプロパティマネジメントを定義づけて頂きたい気持ちがあるのですが、それはさておくとして、これは正しいですか?この記述は、BMとPMが必要諸経費等に含まれることを前提とした上で、BMが通常共益費に含まれるものとして賃借人が負担しているからという理由で必要諸経費等から除外しています。これは、必要諸経費等に含まれるものをゆがめさせていませんか。BMは必要諸経費等に他ならないのではないですか。上記の指針では、「物的管理費は通常共益費によって賃借人が負担することが通常であり」とされていますが。何が必要諸経費等であるかは、それを個別の賃貸借契約上誰がどのように負担していることが多いかとは次元が違う問題ではないでしょうか。
これに対して、PMは、建物所有者が使ってもよいし使わなくてもよいものですから、必要諸経費等に当たらないのではないでしょうか。PMを使用するオーナーは自己の経費としてPMフィーを負担するのであって、これは、建物の必要諸経費等に当たるということはできないと考えます。無理由でPMが維持管理費であるかのように記載されているのは問題ではないのでしょうか。
2 必要諸経費等と共益費
必要諸経費等というのは、不動産鑑定評価基(PDF)において、「不動産の賃貸借等を継続するために通常必要とされる諸経費等」であるとされています。BMは、不動産の賃貸借等を継続するために通常必要とされる諸経費等であり、PMは、不動産の賃貸借等を継続するために通常必要とされる諸経費等ではないのではないでしょうか。
指針では、【必要諸経費等と共益費の関係】という図が表示されていますが(236頁)、以上のことからこれは正しいですか?この図の共益費欄には①警備費用、②設備管理費用、③清掃費用がBMに属するものとして括られていますが、そのとおりこれらはいずれも必要諸経費等(維持管理費)と考えられます。逆に、必要諸経費等の内訳として②維持管理費等(PM)と記載されていますが、PMは維持管理費ではないのではないでしょうか。
不動産鑑定評価基準では、「維持管理費(維持費、管理費、修繕費等)」という記載がありますが、指針はこれを「維持管理費(PM)」に変えてしまっている。そしてそのことについて了解可能な理由は付せられていません。
指針(236頁)では、さらに次のように記載しています。
「共益費と維持管理特約の内容を確認し、鑑定評価において共益費にビルメンテナンス費用が含まれているにもかかわらず、維持管理費にビルメンテナンス費用を二重に計上することがないように留意する必要がある。」
これも正しいですか?正しくは、維持管理費にビルメンテナンス費用を当然のこととして含めた上で、継続賃料は、賃料と別に共益費が支払われている場合には「賃料+共益費」を合算したもので鑑定がされなければならないのではないでしょうか。不動産鑑定評価基準では、実質賃料とは「賃料の種類の如何を問わず賃貸人等に支払われる賃料の算定の期間に対応する適正なすべての経済的対価」とされています。共益費も「賃貸人等に支払われる賃料の算定の期間に対応する適正なすべての経済的対価」に該当するのではないでしょうか。共益費は、不動産収入でしょう。定義上、共益費が実質賃料から除外される理由がないように思われます。
このように考えることによって、賃料と別に共益費が支払われている場合と、共益費込み賃料のケースとを整合的に鑑定することができます。共益費を鑑定の外に置こうとするアプローチは違和感があります。
そして、BMのうち賃借人が現に担当している部分がある場合には、当該部分にかかる経費は、必要諸経費等に当たる以上これを必要諸経費等に含めた上で実質賃料を鑑定し、後で精算するのが正しいと考えます(実質賃料から賃借人が負担しているBM費(共益費)を控除して支払賃料を求める。)。
3 何が問題を生じさせているか
不動産鑑定評価基準では、次の記載があります。
「なお、慣行上、建物及びその敷地の一部の賃貸借に当たって、水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費等がいわゆる付加使用料、共益費等の名目で支払われる場合もあるが、これらのうちには実質的に賃料に相当する部分が含まれている場合があることに留意する必要がある。」
おそらくこの記載が混乱を生じさせています。共用部分の水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費等は、「不動産の賃貸借等を継続するために通常必要とされる諸経費等」ですから、必要諸経費等に他ならないと思われます。これに対して、賃借部分の水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費は必要諸経費等ではありません。
上記の不動産鑑定評価基準の記載では、共用部分の水道光熱費等のことを言っているのか、賃借部分の水道光熱費等のことを言っているのか、明らかにされていません。
①共用部分のことを言っているのであれば、それは初めから必要諸経費等ですから全部実質賃料であり、この部分の記載は誤っていることになります。
②賃借部分のことを言っているのであれば、この部分の記載は正しいです。賃借部分の水道光熱費等を実費以上に徴求していれば、超過支払部分は、鑑定に当たっては支払実質賃料となります(ですがこれは賃貸人がオネストでなければ通常正しく把握することができません。法的には不当利得になるであろうことからすると、これを実質賃料に含めるべきかという問題があります。)。
不動産鑑定評価基準の記載では「…いわゆる付加使用料、共益費等の名目で…」とやっていて、ここに「共益費」と書いてあります。このことからすると、上記①②のうち、①共用部分のことを言っているのかな、というように推察されます。だとすると、共用部分の費用は実質賃料というべきですから、この記載は誤っています(少なくとも十分に正確ではない。)。よく考えずに記載されているのであれば、論外です。
4 終わり
冒頭で引用した指針の部分は、本当に正しいですか。同趣旨の記載は、「賃料評価の実務」(一般財団法人 日本不動産研究所 賃料評価研究会 2011)にもあります(81頁、82頁など)。実務的には「実質的に賃料に相当する部分」を切り分けることが難しい(通常できない)ので、共益費は初めから実際支払賃料に含めないという取り扱いが行われていることはないでしょうか。共益費をどう整理するか。何が必要諸経費等であるか。この点に関する不動産鑑定評価基準の不完全性が、問題の根本にあるように感じています。