1.不動産を法人に保有させる場合の相続
実質的には個人で不動産を保有する場合でも、会社を作ってそこに不動産を保有させるという方法があります。あります、というより、法人形態で不動産を保有しておられるかたはたくさんいらっしゃいますので、典型的な不動産保有形態の一つといえると思います。
こういう不動産の保有形態の場合における相続を発想すると、個人で保有していれば相続の対象は現物の不動産になるわけですが、会社に保有させている場合、会社の株式が相続の対象となります。この場合において、その会社を不動産を保有させるためだけの会社にしておくと、ディテールはともかく、不動産の価値が、株式の価値に置き換わるということになります。
実際には、不動産の一部(例えば建物)を会社に保有させ、他の一部(例えば土地)を個人で保有して、会社から個人に地代の支払いをさせるなど、会社保有と個人保有が、いろんないきさつから分離・混在していることもあります。
不動産を法人に帰属させて株式を相続させようとする場合、相続を重ねると、株主の頭数が次第に増える場合があります。株主の頭数が次第に増えると、株主間の人間関係が、当初は例えば親子や夫婦であったものが、兄弟となり、いとことなり、というように次第に希薄化し、会社の管理の難易度が上がります。
現在の会社法では、株式の細分化による管理の困難化を回避させるために、会社から相続人に対して、株式の売渡請求をすることができることになっています(会社法176条)。その要件は、以下のとおりです。
1.会社の定款に、相続が発生した場合に相続人に対し売渡請求ができる旨の定めがある(法175条)。
2.株主総会において、売渡請求の内容についての決議を行う(法175条1項)。
3.売渡請求権の行使期間は、会社が相続を知ったときから1年以内(法176条1項)。
4.自己株式の取得制限の範囲内(財源規制。法461条1項5号)。
2.定款の定め
売渡請求に関する定款の定めについては、これがなければ定款変更を行う必要があります。定款を変更するには、株主総会決議が必要で(法466条)、その決議は特別決議とされています(法309条2項11号)。特別決議は、定足数:行使可能な議決権の過半数、決議要件:出席株主の議決権の2/3以上、とされています(法309条2項柱書)。
有限会社ですと、定足数:総株主の半数以上、決議要件:総株主の議決権の3/4以上、とされています(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律14条3項。なお決議要件に関し、広島高裁松江支部H30.3.14金商1542-22という参考裁判例があります。)。
このため、以上の要件を満たすだけの議決権数、株主を支配しているか、というところが関門となります。これから設立する会社であれば、原始定款に入れておくのがよいかもしれません。
3.財源規制
会社から株式の相続人に対する株式の売渡請求は、会社にとっては自己株式の取得ですから、財源規制があり、相続人である株主に交付する金銭の帳簿価格の総額は、分配可能額を超えることができません(会社法461条1項5号)。
財源規制に反して(財源規制を越えて)、相続人に対し株式の買取代金が支払われた場合、次のア~ウの業務執行者は、金銭の交付を受けた相続人である株主と連帯して、会社に対し、交付を受けた金銭等の帳簿価格に相当する金銭を支払う義務を負います(法462条柱書、計算書類規則159条5号。原則。なお法462条2項、3項、463条)。
ア 株式の買取りによる金銭等の交付に関する職務を行った取締役及び執行役
イ 売渡請求についての株主総会において株式の買取りに関する事項について説明をした取締役及び執行役
ウ 分配可能額の計算に関する報告を監査役又は会計監査人が請求したときは、当該請求に応じて報告をした取締役及び執行役
また、売渡請求が行われた日が属する事業年度の計算書類について欠損が生じたときは、前記の職務執行者は、連帯して、超過額を会社に支払う義務を負います(法465条7号)。
財源規制違反の売渡請求が有効か、無効かという未解決の問題があります。相続人に対する売渡請求の局面では、(財源規制違反に関心を寄せるのは本来債権者であるはずですが)売渡しを余儀なくされた株式相続人が、売渡請求の無効を主張して売渡請求の効力を争う、という局面があるかもしれません。
4.売買価格
株主総会決議を経て、会社から株式相続人に売渡請求を行った後、株式の売買金額については、会社と株主相続人との間の協議によって定めることになっています(法177条1項)。ですが、会社、株式相続人の双方は、売渡請求の後20日以内に、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができ、かつ、(協議によって売買価格が決まった場合でなければ)20日以内に売買価格の決定の申立てがなければ売渡請求は効力を失います。
20日間で協議が整うというのは、あらかじめ内諾が得られているような場合でなければ通常困難と思われますので、売渡請求に及ぶときは、引き続き裁判所に売買価格の決定の申立てをするところまでセットで考えておくのがよいです。
5.当然のこととして
以上がざくっとした話になりますが、当然のこととして、以上のような制度利用を考えなければならなくなる前に、協議でうまく解決できるとよいと思います。